私は3月に転職して以降、このブログの中で仕事辞めたいを連呼してきました。
辞めたい理由は長時間労働・突発的に業務を振られる、など挙げればキリがないですが
それ以上に何より同じ部署にとっても仕事がやりづらい方がいらっしゃる点にあります。
その方はメンバークラスの方で年は40代(推定)の女性。
密に連携を取っていかないといけない関係性であるものの、
態度が高圧的かつ会話が成り立たず業務が進まないのが本当にきつい。
上司に相談するも、
あの方とコミュニケーションが取りずらいのはみんな同じだから
と豪語。(採用したのあなたよね…?)
何か働きかけてくれるのでは、なんて淡い期待は泡のように消えていきました。
相手の態度はほとんど変わりなく、状況はまるで改善されておりませんが、
自分の考え方を変えたことにより少し苦しさが緩和されました。
今回はどんなふうに思考をチェンジさせたのかをお伝えしていきます。
私は基本人を変えることはできないと思っているし、
そもそも相手に意見をぶつけられないクソよわ腑抜け人間。
問題や不満が発生した時は自分を変えるか逃げる以外の選択肢を持っていません。
同じように問題解決のコマンドが少ない方の参考になれば幸いです。
反応はしても受け取らない
本当はだめなのでしょうけど、端的に言ってしまえば空返事しかしないようにしています。
会話はキャッチボールに例えられますよね。
ボールを投げる人と受け取る人で構成されるように、
何を言われたとしてもボールを受け取らなければ会話として成立しません。
発言を敢えて受け取らないことにより、自己防衛するように努めています。
もちろんすべてを無視していたら仕事が進まないので、
必要最低限の内容は対応するように分別はつけています。
具体例として、明らかにご本人で確認された方が早いのにもかかわらず
確認お願いします
となぜか私に依頼してきたり、
○○しておいた方がいいと思います(本題と関係ない)
と会話と関係ない業務について急に意見を主張されたり、
○○さんは全然わかっていない
と関係者の至らぬ点を指摘してきたりするので、
こういった不要不急の発言を一切受け取らないようにしています。
この人は私の上司じゃない、上司を経由して頼まれたことだけやればよい、
仕事を頼まれてもやるかどうか選ぶ権利はこちらにあると念じて、
私の周りに結界を張っています。
ドキュメンタリー番組をつくる
理解できない発言をしているところを見たときに、意味が分からないで終わらせず、
このような発言をするに至る経緯を想像し、
相手の人生のドキュメンタリー番組を作って乗り切るようにしています。
大体の人が自分の意見は正しいと思って振舞っていますよね。
理解に苦しむ内容であっても相手にも相手の正論、理屈があるわけで、
もし相手に憑依できれば、発言や心情が理解できると思うのです。
したがって、相手が横柄な振る舞いに対して無駄に傷つく前に
このような人格になるまでのキャリアや人生を出鱈目でも想像していると
あ、こういう経緯があって今吠えているのだな、
この態度でも仕方ないなと思えてきます。
そもそも考えているうちに段々どうでもよくなってきます。
思考を逸らすのが重要なのかもしれません(ただの現実逃避)。
自分が楽になる考え方に逃げる
自分が悪くないと思う・人のせいにしてはいけないと思って生きてきました。
ただ、本件を経て私は全部を自責で考えられるほどできた人間じゃない、と自分に見切りをつけ
相手が悪いと思っている自分を認めた結果、気が楽になりました。
大体の事象において、あらゆる角度から考えたら相手が100%悪いなんてことはないし、
相手のせいにするのはよくないと思っています。
このように書くと、相手のことを考えられるいい人っぽく見えますが、
相手のせいにしないのは自分のためでもあると思うんですよね。
というのも、相手のせいにすることは自分の処理能力の低さを認めることにもなると思うからです。
今回の件で言うと、
- 相手の解答が雑で仕事が進まん!=私は丁寧に教えてもらえないと仕事を進められない
- 横暴な人無理!=私は優しく振る舞ってくれる人としか仕事ができない
といった調子で、
相手に全面的な改善要望を出す=自分のレベルに合わせてほしい
の意になります。
自分はそんなもんで揺らぐヤワな人間じゃない
と己を過剰に高く評価しているからこそ、
相手のせいにできないのかもと思ったんです。
でも、
現にそれができないから私は苦しんで萎縮してるじゃ
ということで私は丁寧で優しい人としか働けないと心の中で白旗を上げたら、
何か言われても、
意味不明!無理無理相手が悪いわ~
と発言を右から左へムーディー勝山のごとく受け流せるようになり、考える時間が減りました。
そもそも、自責で考える目的は自分の行動を変化させて現状を変えるため、
物事を円滑に進めるためだと思うのです。
自責思考を採用することによって考えの整理ができず自分の思考回路が滞っていたら本末転倒です。
私のように、~と考えるべき、といった
「べき論」に縛られて自分を苦しめているようであれば、
自分が楽になる考え方を選択するのも一つの手だと思います。
その方がグルグル考え続けないで済んで、
悩んでる時間を他のことに使えて省エネ&有意義に働く場合もあるかもしれません。
正しさを捨て、自分のできないことを理解する
- そもそも発言を受け取らない
- 相手のドキュメンタリー番組を作る
- 自分が楽になる考え方を導入する
こうすることで最近職場の苦手な人が少しずつ気にならなくなってきました。
私は総じて理想を追求しすぎ、自己評価が高すぎたのだと思います。
私はもっとできるんだと思い込んでいるからこそ
- 相手の話をきちんと受け止めて行動しないといけない
- 人のせいにせず、自分で何とかしないと
と使命感に駆られて苦しくなっているのです。
人間いつも同じように適切に処理できるわけじゃないし、
気持ちは諸行無常、エブリデイ常時同じモチベーションを保ってないですよね。
ワシはずっとご機嫌で入れるロボットなんですか?って話ですよ…
人間は不完全だと心から思えれば、不機嫌な時もあるし、
やばいやつもまあいるかと割り切れるんじゃないかと思うのです。
実際そこまでの悟りの境地には辿り着いてないんですが、
イラついた時はこんなことを思い出すと少し苦しみが緩和されます。
人類にとっては既知の情報で何を今更って話かもしれませんが、私の中では大きな一歩でした。
この文章で仕事の人間関係で苦しむ人の気がまぎれたらこれ以上嬉しいことはありません。
ただ、ここまでこの冗長な文章に付き合えるような方は
中々の窮地に立たされていてエキセントリックな職場にいると推察します。
こんなもんじゃなく、本格的にモラハラパワハラを振りかざす方がおったら
転職したほうがいいと思うのでどうかご無理なさらないようにしてください。
人生100年時代、この先長いのでほどほどに頑張りましょう
最後までご覧いただきありがとうございました。
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